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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10941号 判決 1993年4月28日

原告

甲野一郎

被告

三菱電機株式会社

右代表者代表取締役

志岐守哉

被告

三菱電機ビルテクノサービス株式会社

右代表者代表取締役

坂田邦壽

右両名訴訟代理人弁護士

広田寿徳

谷健太郎

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金六三六四円及びこれに対する平成三年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

一被告らは、原告に対し、各自、金八〇万円及びこれに対する平成三年七月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二被告三菱電機ビルテクノサービス株式会社は、原告に対し、金二〇万円及びこれに対する平成三年七月二四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一事案の要旨

本件は、被告三菱電機株式会社(以下「被告三菱電機」という。)が製造し、被告三菱電機ビルテクノサービス株式会社(以下「被告テクノサービス」という。)が整備し、保守するエレベーターの自動開閉扉の側端に突出している安全装置であるセーフティシューの下端とエレベーターの床面との間に足先を挟まれて負傷したと主張する原告が、被告両名に対して不法行為に基づく損害賠償を、被告テクノサービスに対して合意に基づく見舞金の支払を求める事件である。

二争いのない事実など

1  被告三菱電機は、東京都渋谷区<番地略>日本赤十字社医療センター病棟に設置されている五号機エレベーター(以下「本件エレベーター」という。)を昭和五〇年ころに製造し、販売した。被告テクノサービスは、被告三菱電機の製造、販売するエレベーター(以下「三菱製エレベーター」という。)の整備、保守等を業とする株式会社であり、本件エレベーターの整備、保守をしていた。

2  本件エレベーターの扉は左右の自動開閉扉が中央から左右の両端に向かって開いていく両開きのタイプで、扉にはセーフティシュー(いわゆる「安全ストッパー」)と呼ばれる金属性の安全装置が設けられている。セーフティシューとは、別紙図一に示すように、エレベーターの自動開閉扉の側端(右側の扉の左側端と左側の扉の右側端)から突出している接触棒で、それに人や物が接触し軽く押されることによって閉まりかけた扉を反転させ開かせる装置である。別紙図二に示すように、扉の側端から突出したセーフティシューが扉が閉まるにつれて上下するため、セーフティシューの下端と床面との間の隙間が広がったり狭くなったりする。

三原告の主張

1  事故の発生

原告は、平成三年七月一一日午前九時三〇分ころ、地下一階で本件エレベーターに乗り込もうとしたところ、扉が閉まり始め、向かって右側の扉のセーフティシューの下端とエレベーターの床面との間の隙間に右足先を挟まれ、全治一〇日を要する右足第二及び第三指挫傷の傷害を負った(以下「本件事故」という。)。

2  事故の原因

本件事故は、扉の側端から突出したセーフティシューの下端と床面との間に最大で約四センチメートルの隙間が存在するため、足先がこの隙間に差し込まれてもセーフティシューに接触しないことがあり、接触しないと、セーフティシューの機能による扉の反転が起きないので、扉が閉まるにつれてセーフティシューが下降し、床面との隙間が約一センチメートルにまで狭まるという本件エレベーターの構造に起因するものである、

3  被告らの過失

ア 予見可能性

被告三菱電機は本件エレベーターを製造し、販売した者として、被告テクノサービスは本件エレベーターを整備し、保守する者として、それぞれ本件エレベーターのセーフティシュー下部の構造を認識することができ、したがって、本件事故のように足先がこれに挟まれるという事故の発生を予見することが可能であった。

現に、被告三菱電機の関西支社昇降機部長である木村利雄の著書で、昭和五四年に第一版が刊行された『エレベータ・エスカレータ・立体駐車場』(<書証番号略>)には、「エレベータ事故の約80%は昇降路乗り場およびかごの出入り口において発生するものである。出入り口事故の大多数は不十分な安全装置をもった古いエレベータに起っている。」との記述があり、また、被告テクノサービスが作成し、エレベーター管理者全員に配布している冊子『三菱エレベーター管理読本』(<書証番号略>)には、「近ごろ、利用者の使用方法の不慣れや間違いからの故障や利用者の被災事故が増加の傾向にあります。」と記載されている。

イ 結果回避可能性

セーフティシューが水平に移動し、上下動しない構造(以下「水平移動型」という。)のエレベーターは存在し、右構造を本件エレベーターに採用することは可能であった。

現に、被告三菱電機は、EDS(エレクトリック・ドア・セーフティ。電気的に障害物を検出する装置)併用のもので、セーフティシューの突出量を変化させず、セーフティシューの下端が床面と平行移動する型のエレベーター(以下「EDS併用型」という。)を昭和四六年ころから製造しており、本件と同型のエレベーターが六〇〇〇万円から七〇〇〇万円であるのに対し、EDS併用型を採用することに伴う売価増加分は九〇万円程度にすぎず、製造コストの増加額はこれよりも低いはずだから、本件エレベーターの製造当時、このEDS併用型を採用することは技術的にも経済的にも可能であり、そうすれば、本件事故は発生しなかった。

また、セーフティシューの下端と床面との間の隙間を大きく取れば、足先を挟み込む危険はなく、かかる構造(以下「ハイクリアランス型」という。)のエレベーターを製造することは技術的にも可能であったし、そのために特段の費用を要することもなかった。

さらに、利用者に対して使用方法の指導や教育を徹底したり、注意表示を施すなどの措置を講じていれば、本件事故を回避することができた。例えば電車の扉の「ドアが開くとき、戸袋に手を引き込まれる危険があります」との表示、鉄道のプラットホームの「足元注意」の表示のようなものである。

ウ 注意義務違反

エレベーターが現代文明にとって不可欠な建築設備として広く普及している今日、エレベーターの安全性に対しての信頼が確立していることからすれば、利用者は、エレベーターの利用に際して格段の注意を払うことは要求されていないのであり、被告らには、足元を挟まれる危険のない構造のエレベーターを製造、販売し(被告三菱電機)、あるいは、かかる危険を除去すべく整備、保守して(被告テクノサービス)、利用者の被災事故を防止すべき注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠った過失がある。

4  原告の損害

ア 本件事故により、原告は、次のとおりの損害を被った。

a 前記負傷の治療費 三九一〇円

b 診断書作成費用 二〇〇〇円

c 精神的損害 五〇万円

原告は、本件事故により一〇日以上も正常な歩行ができないほどの痛みを被り、また、本件事故に関する交渉において被告テクノサービスに極めて不誠実な対応があったことにより、精神的苦痛を被った。これを慰謝するには、五〇万円の支払をもってするのが相当である。

イ また、被告らは、懲罰的損害賠償を支払うべきであり、その額は一〇〇〇万円を下らない。

5  見舞金支払の合意

原告と、被告テクノサービスの代理人である訴外鈴木秀雄は、平成三年七月二四日、被告テクノサービスが原告に本件事故の見舞金二〇万円を支払うことを合意した。

6  よって、原告は、

ア 被告らに対し、被告らの共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自金八〇万円(懲罰的損害賠償請求については、八〇万円と右4アのaないしcの認容額との差額に相当する一部請求)及びこれに対する本件事故の発生した平成三年七月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払、

イ 被告テクノサービスに対し、右5の合意に基づき、金二〇万円及びこれに対する合意の日である平成三年七月二四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払

を求める。

四被告らの主張

1  因果関係の不存在

ア 本件事故が発生したとしても、その原因は、エレベーターの中にいた女性が、乗り込もうとしている原告に気付かずに扉を閉めるボタンを押したこと、あるいは、原告が、点滴支持柱を押して歩行していた男性を避けながらエレベーターに乗り込もうとし、その際、扉に注意を払わなかったことなどにあり、本件エレベーターの構造や整備、保守の状況と本件事故との間に因果関係はない。

イ 本件エレベーターのセーフティシューの上下運動は緩やかであり、それが本件事故にどれほど寄与したかは明らかではない。

2  被告らの過失の不存在

ア 被告三菱電機が想定していたエレベーターの被災事故とは、扉が開く際に手を引き込まれる事故や、エレベーター内に閉じ込められる事故であって、足先を挟まれるような事故は想定できず、そのような事故例も聞いたことがない。

イ 本件エレベーターにおいては、人体の構造からして、通常の利用方法をする限り、足先が挟まれるような事態は想定できず、それにもかかわらず原告が負傷したのだとすれば、それは、自損行為とすら評価し得るものである。被告らには、かかる想定し難い事態を回避するために、何らかの措置を取る義務はない。

ウ 扉の側端からのセーフティシューの突出量は、扉の開閉に伴って調節されているが、これは、扉が閉まる速度が速いとき(中間点で最速)は、遅いときに比べて、より早く障害物を検知する必要があり、そのために突出量を大きくしなければならず、他方、扉が閉じる際には、セーフティシュー同士が接触すると扉が閉まらなくなるから、セーフティシューを引っ込める必要があることによる。

このような突出量を調節する型のセーフティシューにおいては、別紙図一及び二に示すように、軸、カム及びリンクを組み合わせて調節するという構造上、セーフティシューが扉の開閉に応じて上下することは不可避である。

エ セーフティシューの突出量を調節するのに、セーフティシューが床面と水平に移動するような機構は、現在のところ技術的な信頼性が十分でなく、これを採用しているメーカーはない。

また、EDS(エレクトリック・ドア・セーフティ。電気的に障害物を検出する装置)併用のもので、セーフティシューの突出量を変化させない型のエレベーターは、セーフティシューが床面と水平に移動するが、このような型のエレベーターは、快適性を得る目的で大きなビルや高級エレベーターに用いられるものであり、エレベーター全体の二パーセント程度を占めるにすぎず、この型のエレベーターの方が高価である。よって、EDS併用型を採用するかどうかは、買主が選択するものである。

オ エレベーターのセーフティシューは、扉上端から下端までの全域をできるだけ広くカバーする必要があるから、原告の主張するようなハイクリアランス型の採用は足先が扉全体に挟まれるなど、別種の災害を誘発する危険があり、これを採用することはできない。他方、下端の隙間を小さくし過ぎると、前記構造上セーフティシューの下端とエレベーターの床面とが接触する可能性があるから、セーフティシューの下端と床面との間に隙間を取る必要がある。

カ したがって、被告三菱電機による本件エレベーターの製造並びに被告テクノサービスによる本件エレベーターの整備及び保守には何ら問題がなく、被告らに過失はない。

3  原告の負傷は、全治六日である。

4  我が国の現行法制上、懲罰的損害賠償は認められていない。

5  被告テクノサービスと原告との間に見舞金支払の合意は成立していない。仮に成立しているとしても、原告と被告テクノサービスは、これを解除することを合意した。

五争点

1  本件事故が発生したか。

2  本件事故は、本件エレベーターの構造に起因するものか。

3  被告らに過失があるか。

4  原告の被った損害の額。

5  懲罰的損害賠償を肯定すべきか。

6  見舞金支払の合意の成否。

第三争点に対する判断

一本件事故とその原因(争点1及び2)

1  セーフティシューの構造について

証拠(<書証番号略>、証人柴田勝美、平成三年八月二二日の検証)によれば、次の事実(争いのない事実を含む。)が認められる。

エレベーターの扉の側端からのセーフティシューの突出量については、扉の開閉の速度によって二つのタイプがあり、速度の速い扉については、最大の突出量が約六〇ミリメートルで、扉の位置に応じて突出量が調節されており、速度の遅い扉については、約三五ミリメートルの突出量で、突出量は一定である。これは、セーフティシューに人や物が触れて安全装置が働き扉が反転するまでには若干の時間を要するので、扉の開閉速度が速い場合には、突出量を大きくして早い時点で障害物を検知する必要があるからである。

本件エレベーターのセーフティシューは、前者である。このタイプの場合、扉が全開のときには、出入口の幅を大きく確保するためにセーフティシューの突出量を小さくする必要があり、逆に扉の開閉途中はセーフティシューの突出量を大きくする必要がある。さらに、扉が全閉する際には、セーフティシューが突出しているとセーフティシュー同士が接触してしまい扉が閉じなくなってしまうから、セーフティシューを引っ込めなければらならい。

本件エレベーターも右扉(事故のあった側)のセーフティシューの突出量は、扉が全開のときは約一五ミリメートル、扉を閉める途中では約六〇ミリメートルとなり、扉が全閉するときにはセーフティシューが引っ込むように調節されている(このとき反対側のセーフティシューは、五ミリメートルほど突出したままである。)。

突出量の調節は、軸、カム及びリンクの組み合わせによって行う。それゆえ、扉が開閉する際、軸を中心としたリンクの回転運動に伴ってセーフティシューが上下し、その下端と床面との隙間が、扉が全開又は全閉の状態で約三五ミリメートル、中間点(エレベーターの間口の端から四分の一の地点)で約一〇ミリメートルと変化する構造となっている。最小のときでも一〇ミリメートル程度の隙間がないと、扉が反転するときにセーフティシューが床面と接触してしまう。

2  原告の受傷

原告は、平成三年七月一一日午前九時三〇分ころ、地下一階で本件エレベーターに乗り込もうとしたところ、向かって右側の扉が閉まり始めた直後に、扉のレールの上にかかっていた右足先がセーフティシューの下端とエレベーターの床面との間に挟まれ、右足第二及び第三指挫傷を負った。原告は、このとき入院治療中であったため、素足にサンダルを履いていた。(<書証番号略>)

3  受傷の原因(因果関係)

ア 右の負傷状況によれば、扉の側端から突出したセーフティシューと床面との間に隙間が存在し、扉が閉まるにつれてセーフティシューが下降し、全開の状態で約三五ミリメートルある隙間が、扉が閉まるにつれて約一〇ミリメートルにまで狭まるという本件エレベーターのセーフティシュー下部の構造に起因して、原告が負傷したものと推認される。

イ 被告らは、原告の負傷と本件エレベーターの構造との間の因果関係が明らかでないと主張する。確かに、事故当時、エレベーター内にいた女性が原告の存在に気づかないで扉を閉めるボタンを押したため、原告が乗る途中で扉が閉まり始めた可能性があること、原告が点滴の支柱と共に乗った男性を避けてエレベーターに乗り込もうとした結果、扉のレール上に足先を置いたことなどが認められ、(<書証番号略>)、これらの事実が本件事故の一因となったことは否定し得ない。

けれども、仮に、本件エレベーターのセーフティシューが扉の下端まであり、床面との間に足先の入る隙間がなかったら、セーフティシューに足先が触れて扉が反転し、本件事故は発生しなかったであろうし、仮に隙間があっても、隙間がもっと広かったり、セーフティシューが下がってくるようなことがなければ、足先が挟み込まれることはないか、又は比較的容易に足を抜くことが可能で、本件のような事故は発生しなかったであろうこともまた、否定し得ないところである。

したがって、本件エレベーターのセーフティシューの構造と原告の負傷との間には、相当因果関係があるものと認められる。

4  負傷の程度

原告の負傷の程度について、原告の陳述書(<書証番号略>)には全治一〇日間を要した旨が記載されているが、平成三年七月三一日付けの医師の診断書(<書証番号略>)には、計六日間の外科的処置を必要とし、七月一六日に完治した旨が記載されているから、全治六日間と認定するのが相当である。

二被告らの過失について(争点3)

1  本件事故の予見可能性

本件エレベーターのセーフティシューの下部の構造(隙間の存在と上下動)は、製品の製造後に生じたものではなく、設計どおりの構造であることが認められ(証人柴田)、また、被告テクノサービスは、三菱製エレベーターの整備、保守等を業としていたのであり、整備、保守のためには、エレベーターの構造についての知識が必要であるから、被告らは、右の構造を当然に認識することができたものと推認される。そうだとすれば、セーフティシューの下端と床面との隙間に人の足先が挟まれる事態を予見することも、十分に可能であったはずである。

この点について、被告らは、エレベーターに乗り込む際に足が挟まれるような事故例を聞いたことがなく、予想もしていない、人の身体の構造からして通常の利用方法をする限り、そのような事故は予測できないなどと主張し、被告三菱電機の社員である証人柴田勝美及び被告テクノサービスの社員である証人木村雅範も、本件のように足先がセーフティシューに挟まれるような事故例は聞いたことがないという趣旨の証言をしている。

確かに、そのような事故が希有のものであろうことは、想像に難くない。しかしながら、セーフティシューは、エレベーターの左右の扉の間に人や物がある場合に扉が閉じるのを防止するための安全装置なのであるから、扉の側端の最上部から最下部までのどこに触れても機能し得るようにすることが望ましく、特に最下部については、経験上も、人の足先が扉のレールにかかってしまうことは特に不自然なことではなく、容易に予測できるものと考えられる。現に、証人柴田は、「基本的にはセーフティシューというのは出入口の全体をカバーできる方がいいということが考えられますので、できるだけ下までセーフティシューがカバーするようにするのを基本としております。」と証言しているのである。

したがって、被告らにとって、本件エレベーターの構造上、セーフティシューの下端と床面との間に足先が挟み込まれるという事態があり得ることを想定するのは、必ずしも困難なことではなかったと考えられるのである。

もっとも、エレベーターを利用する者の大部分は靴を履いているはずであり、靴を履いているならば足先を挟み込まれるようなことはまず起きないであろうと思われる。しかし、中には裸足や本件の原告のようにサンダル履きでエレベーターを利用する者がないわけではなく、特に本件エレベーターが病院の病棟に設置されたものであることを想起すれば、エレベーターの利用者のすべてが靴を履いていることを前提としてエレベーターの安全性を量ることは許されないであろう。

2  注意義務

ア  本件エレベーターのように、広く一般公衆の利用に供される電機機器を製造し、販売する被告三菱電機としては、通常の利用によって生じ得る人の身体、生命、財産等に対する予見可能な危険を回避し、人の身体、財産等への被害の発生を防止するよう設計し、製造すべき注意義務を負うものと解される。また、エレベーターの整備、保守は、利用者の安全を確保し、利用上の危険を回避することを目的とする業務であるから、かかる業務を営む被告テクノサービスとしては、予見し得る危険を回避し、利用者の身体、財産等の被害を防止すべく注意し、そのために必要な措置を講ずべき注意義務を負うものと解される。

ちなみに、被告三菱電機は、被告テクノサービスから事故の報告を受けて、製造段階における改善をするなどの態勢をとっていること(証人柴田)、被告テクノサービスは、被告三菱電機の製造する三菱製エレベーターの日常的な点検、調整、修理のみならず、エレベーターの性能ないし運転能率の向上のためにモダナイズと称する機械の一部の取替え等の改修を引き受けていること(<書証番号略>)、三菱製エレベーターは扉だけの交換も可能であること(証人柴田)などが認められる。

ところで、右注意義務の具体的な内容ないし範囲は、製品自体の有用性、予見され又は予見可能な危険の性質、その危険回避の可能性及び難易、安全対策が製品の有用性に与える影響、製品の利用者が誰か、利用者による危険の予見ないし回避の可能性などを総合的に考慮して判断されなければならないものと解される。

イ 以上を踏まえて、本件について検討する。

既に認定したように、被告らは、本件事故の発生を予見することが可能であった。そして、本件事故の態様は、下降してくる金属性のセーフティシューの下端と床面との間の隙間に人の足先やその他の物が挟み込まれるというものであって、単に平行移動する隙間に人や物が挟み込まれる場合に比べて危険性は高い。また、本件エレベーターは、一般公衆の利用に供されるものであり、利用者が、セーフティシューと床面との間に隙間があり、その上セーフティシューが下がってくるという構造上の危険を予想することは、極めて困難であると考えられる。もちろん、利用者が扉の進路上のレールに足を出しさえしなければ、危険を回避することが可能であろうが、このような利用者の不注意の介在によって危険が生ずることを考慮してもなお、本件セーフティシューの構造上の危険の程度は、それを放置することが許されない程度に達していると解される。

他方、被告らは、エレベーターの製造業者ないし整備、保守業者として高度な専門技術を有している。

したがって、被告らは、本件エレベーターに関し、単に利用者の一般的な注意に期待するだけでは足りず、製造当時の技術水準に照らし可能な限りの安全策を講ずべき注意義務を負っていたものというべきである。

もっとも、セーフティシュー自体が、エレベーターの扉の開閉時における人や物の安全を確保するという機能を有しており、セーフティシューを採用することによって得られる右有用性からすれば、被告らとしても、全体としてエレベーターの扉の開閉時における安全性の低下を来すような措置を講ずべき義務まで負担するものではないことはいうまでもない。

そこで、被告らがいかなる安全策を採れば結果の回避が可能であったのか、それによってエレベーターないしセーフティシューの有用性はどのような影響を受けるのかについて検討する。

ウ 他の構造の採用による事故の回避

a 水平移動型及びEDS併用型

扉の側端から突出したセーフティシューが、扉が閉まる際に高さを変えずに移動する機種は存在し、本件エレベーターの製造時にこれを採用することも技術的には可能であった。

もっとも、三菱エレベーターにおいてかかる扉が採用されていたのは、セーフティシューの突出量を変化させる必要のない機種、すなわち扉の開閉速度が遅い機種であった。そして、かかる機種でも扉の全閉時はセーフティシューを扉の側端から引っ込める必要があり、その際には突出量を調節する機種と同様の構造により、セーフティシューが上下動する(水平移動型)。また、被告三菱電機は、昭和四六年ころから、EDS(エレクトリック・ドア・セーフティ)、すなわち電気的に障害物を検出して扉を反転させる装置を右水平移動型に併用したエレベーター(EDS併用型)を製造していた。(以上、証人柴田)

被告らは、前記セーフティシューの構造上、扉の開閉速度が速いタイプの本件エレベーターにおいては、セーフティシューの下端と床面との間に隙間があり、かつ、その隙間がセーフティシューの上下運動によって変化することは技術的にやむを得ないと主張する。

確かに、扉の開閉速度が速いタイプのエレベーターでは、本件エレベーターのようにセーフティシューを上下動させる構造とならざるを得ないことは、既に認定したとおりである、しかし、扉の開閉速度を高速化することによって、エレベーターの利便性がそれほど向上するとも思われない(エレベーターの設置場所は多様であるが、本件エレベーターは、病院の病棟において入院患者や面会人等の利用に供されているものであり(平成三年八月二二日の検証)、扉の開閉速度を高速にする必要性が高い設置場所であるとは思われない。)。そして、前記のように、扉の開閉速度を高速にすることを追求しなければ、水平移動型を採用することができるから、セーフティシューの下端と床面との隙間を両者の接触を避けるために最小限度必要な約一〇ミリメートルにすることができ、この程度の隙間であれば足先が挟まれる危険は絶無に近いといってよかろう。また、仮に隙間に足先が入り込んだとしても、セーフティシューが下降してくる構造に比べればはるかに危険は少なく、本件のような事故には至らないものと考えられる。

こうしてみると、扉の開閉速度を速くすることによる利便性の向上と、水平移動型を採用することによる安全性の向上とを比較すれば、後者の価値がより高いものと解される。

また、原告は結果回避のためにEDS併用型の採用を主張し、被告らはこれを争うが、前記のように、EDS併用型は水平移動型にEDSを併用するものであるから、水平移動型の採用によって結果の回避が可能である以上、更にEDS併用型の採用について検討する必要はない。

b ハイクリアランス型

次に、開閉速度が高速で、それゆえにセーフティシューの突出量の調節及び上下動が行われる構造の場合であっても、セーフティシューの下端と床面との隙間を足先を挟まぬ程度に大きく取る型(ハイクリアランス型)を採用することは、本件エレベーターの製造当時にも可能であり、現に、この型のセーフティシューを備えたエレベーターが実用に供されていることが認められる(<書証番号略>、証人柴田、平成四年七月一五日の口頭弁論期日における検証)。

原告は結果回避のためにハイクリアランス型の採用を主張し、被告らはこれを争う。

確かに、仮に本件エレベーターがハイクリアランス型であったとすれば、原告が隙間に足先を挟み込まれることはなく、本件事故は発生しなかったであろうと推認される。

しかし、ハイクリアランス型を採用することによって別種の事故が発生する危険性が高まることが容易に想定されるであろう。すなわち、例えば、セーフティシューの下端と床面との間の比較的広い隙間に幼児の足が足首まで入り込み、これがセーフティシューに触れないままエレベーターの扉が閉じてしまうという事故の危険が生ずるのではなかろうか。また、エレベーターから降りた人が何らかの事情で帯や紐のようなものを身体から垂らして引きずっていて、その先端がまだエレベーターの籠の中に残っているときに、その帯や紐のようなものがセーフティシューに触れないままエレベーターの扉が閉じてしまうという事故の危険が生ずるのではなかろうか。もちろん、ハイクリアランス型を採用したからといって、このような事故が頻発するとは思われない。しかし、本件エレベーターの構造による本件のような事故も頻発するとは思われないのであって、事故発生の危険性という点で両者に大きな差があるとは評価し得ないであろう。

したがって、被告らにハイクリアランス型のエレベーターを採用すべき注意義務があるということはできない。

エ 指示や警告の表示(構造以外での安全策)

本件エレベーターの構造はそのままでも、一般の利用者にとっては予見不能であると解されるセーフティシュー下部の構造上の危険について、利用者に注意を促すために指示、警告等の表示をすれば、本件のような事故が発生する危険性は大幅に低下するものと考えられる。そして、被告らがこのような表示をしていたなら、表示によって予見し得る危険を回避する義務は、原則として利用者の側に移転し、被告らの注意義務は一応尽くされたものと評価することができる。頻発するとは思われない本件のような事故を防止するために一々このような表示をすることは、煩わしいし、エレベーターの美観を損ねるかもしれないが、それほど費用と手間を要するものではないから、事故の危険がある以上は、被告らにこのような義務を課することがあながち不当であるとはいえまい。

本件エレベーターには、右のような指示、警告等の表示が全く施されていなかった(<書証番号略>、平成三年八月二二日の検証及び弁論の全趣旨)。

オ 注意義務違反

以上の検討を総合すれば、本件エレベーターのセーフティシューの構造に水平移動型を採用し、あるいは、利用者に対して適切な指示や警告の表示を施すことによって、本件事故の発生を回避することが可能であったと解され、被告らにはこれらの措置を講ずべき注意義務があったというべきであるから、これらの措置を講じなかった被告らには右注意義務に違反する過失があったと判断される。

三原告の損害(争点4及び5)

1  原告は、本件事故による負傷の治療費として三九一〇円、診断書作成費用として二〇〇〇円を日本赤十字社医療センターに対して支払い、五九一〇円の損害を被ったことが認められる(<書証番号略>)。

2  精神的損害

原告の負った傷害が全治六日の軽微なものであること、原告は、弁護士であるが、腹部の手術後の入院中に本件事故に遭遇したものであり、本件事故によって弁護士としての業務に支障を生じたものではないこと(<書証番号略>及び弁論の全趣旨)など、本件に現れたすべての事情を総合すれば、原告の被った精神的損害を慰謝するには、一万円の支払をもってするのが相当であると認める。

なお、原告は、本件事故に関する被告テクノサービスの対応を問題としているが、被告テクノサービスの対応が不誠実であったことを認めるに足りる証拠はない。

3  懲罰的損害賠償

原告は、懲罰的損害賠償を主張する。しかし、現行法の下において、懲罰的損害賠償の概念が成熟した裁判規範として受容されているとは認め難いのみならず、仮にこの概念を肯定するとしても、本件は、事故の結果が軽微で、しかも、後記のように被害者側の過失も大きい事案であるから、これを適用するのに不適切であるというほかない。

4  過失相殺

以上によれば、原告に生じた損害の額は、合計一万五九一〇円であるが、原告にも本件事故の発生について過失があると認められるから、右損害額から過失相殺をする。

本件事故は、既に認定したように、原告が扉の閉まる前方に足先を出していなければ生じなかったのであり、かかる原告の行為と被告らの過失が重畳的に作用して生じたものであることが認められる。また、セーフティシュー下部の構造がどのようなものであろうと、閉まりつつある扉の前方に足先を置かないようにするという配慮は、いかにエレベーターが普及した今日であっても、なお利用者として当然果たすべき注意であり、右注意を怠った原告の過失も重大であるといわねばならない。

以上の事実及びその他本件に現れた諸般の事情を斟酌すれば、原告の過失割合は六割と認めるのが相当である。

四見舞金支払の合意の成否について(争点6)

1  証拠(<書証番号略>、証人木村雅範)によれば、次の事実を認めることができる。

原告と被告テクノサービスの代理人である弁護士鈴木秀雄は、平成三年七月二四日、本件事故について、被告テクノサービスが原告に対して見舞金二〇万円を支払うことを一応合意し、同月二九日に改めて示談契約をすることを約した。しかし、七月二九日に、原告は、被告テクノサービスの用意した示談書(<書証番号略>)が二四日に合意した内容と異なるとして署名、押印を拒否し、逆に、原告の用意した示談書(<書証番号略>)を被告テクノサービスに対して提示した。主要な相違点は、前者には「示談が成立しましたので、今後本件に関しては、双方共裁判上又は裁判外において、一切異議・請求の申し立てをしないことを誓約致します。」という文言があるのに対し、後者にはその趣旨の文言がないことである。原告の右の提示に対し、被告テクノサービスの代理人鈴木が、示談条項に「一切が解決しました。」という一文を入れることを条件に応ずる旨伝えたところ、原告は、二四日には右の一文を入れることは合意していないと主張して、署名、押印を拒否した。

2  右に認定したところによれば、七月二四日の合意は示談の成立までの交渉過程の一場面であるにすぎず、これを前提にして七月二九日に示談契約を締結することが約されたが、結局、これで一切が解決したことにするかどうかを巡って交渉が決裂し、示談契約が締結されるに至らなかったということになる。したがって、見舞金二〇万円の支払について、法的拘束力のある合意が成立したと認めることはできない。

第四結論

以上判断したところによれば、原告の本訴請求のうち、被告らに対する不法行為による損害賠償請求は、一万五九一〇円の四割である金六三六四円及びこれに対する本件事故発生の日である平成三年七月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は棄却する。なお、被告らの損害賠償義務は、不真正連帯債務の関係にある。また、被告テクノサービスに対する見舞金支払の合意に基づく請求は理由がないから、これを棄却する。仮執行宣言については、相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判官近藤崇晴)

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